小さな選択が、世界を変える力になる。
群馬で生まれるサーキュラーエコノミーやネイチャーポジティブの取り組みは、その証です。
自然と共生し、地域を守る人々の物語を、ぜひご覧ください。

日本の夏の平均気温は2023年から2025年まで毎年歴代最高気温を更新。気候変動の影響で、農業にも深刻な被害が出ています。今後も平均気温は上昇し、大雨など極端な気象も増えることが見込まれる中、対策には温室効果ガスの排出量を減らす「緩和策」のみならず、影響に備えて被害や経済的損失を減らす「適応策」が必要です。例えば、農業分野では暑さに強い品種開発などがこれに当たります。農業経営に役立つ品種育成や栽培技術の開発に取り組む群馬県農業技術センター中山間地園芸研究センターで、利根沼田地域で盛んなリンゴ栽培の気候変動適応策について聞きました。
猛暑でリンゴの産地に異変
群馬県のリンゴ生産量は関東随一で、2024年の生産量は5840t。ぐんま名月、あかぎ、陽光、スリムレッドなど、県オリジナルの品種が多いことも群馬の特徴です。特に寒暖差のある北毛地域でつくられるリンゴは甘く、シャキッとした歯応えで、人気があります。

[沼田市にある中山間地園芸研究センター]
中山間地園芸研究センター主任で果樹担当の松井郁人さんは、「リンゴは花が咲くのが春先で、収穫期間は夏の終わりから12月くらいまでと、受粉から収穫までの期間が果樹の中でも長いもののひとつです 。その分、1シーズンの中で、他の果物より気象災害に遭うリスクも高くなります」と話します。

[センター敷地では、県オリジナル品種「新世界」の大木が真っ赤な実をたわわにつけていた]
リンゴはもともと冷涼な地域でつくられる果樹ですが、2025年の7、8月はリンゴ栽培に適した沼田市でも、歴代最高気温に迫る37℃超の厳しい暑さの日がありました。
気候変動による気温上昇は、リンゴの商品価値に大きく影響しています。リンゴが赤く色づくには、朝晩の気温が20℃を下回ることが目安となるため、夜の気温が下がらないと着色不良の実が多くなります。また、強い日差しで表面が焼けてしまう日焼け果や、夏の小雨でリンゴの実が収穫前に落下してしまう現象なども確認されています。
リンゴの品質を安定させるため、センターでは気候変動に強いリンゴの栽培方法を検討してきました。

[群馬では、生産者が果物を直売店で直販する特徴がある。贈答用の需要も高いため、見栄えの良し悪しにこだわる生産者が多いという]
台木を変えて気候変動に適応
そもそも一般にはあまり知られていない果樹の栽培方法ですが、リンゴに限らず、果樹の多くは良い品質の果実を収穫するため、台木に栽培したい品種を接木(つぎき)し、苗木をつくります。
接木とは異なる数種の木をつなげる方法で、根元でカットしたマルバカイドウなどの台木に、増やしたいリンゴの枝(穂木)を接着させて固定しておくと、次第に形成層がつながり、一本の木になるのです。

[継ぎ目が見た目にわからないのは相性がいい印。継いだところがこぶになって突き出している木もある]
つまり、木の弱い形質を補うなど、ある程度コントロールしやすくするために使うのが台木。木の高さなども、目的に適した台木を用いることで低く抑えることができます。
利根沼田地域には「わい化リンゴ園」と名乗る生産者が目立ちますが、わい(矮)化とは、わい性の台木を使って木を小さく育てる栽培技術のこと。収穫できるまでの栽培期間が、従来行われていた普通樹栽培と呼ばれる栽培方法の半分ほどと短く、木が小さい分、作業がしやすく、管理の負担を減らせるメリットがあります。

[半年ほど経った試験苗]
そのわい化のリンゴの木が猛暑や乾燥、干ばつ、凍害、台風など異常気象の影響を受けやすく、生産者を悩ませるようになってきました。
「わい化は管理面ではメリットが多いのですが、木を平面的に仕立てる分、日が強すぎると日焼け果が多くなります。また、根も小さいので異常気象の被害も受けやすい。2025年9月には沼田市でダウンバーストかガストフロント(*1)とみられる突風が発生し、木が折れる被害もありました」と、松井さんは状況を説明します。
*1 積乱雲から発生する激しい突風。
こうした被害を減らすため、センターが検討したのがJM2と呼ばれる台木を使った半わい化栽培技術の確立です。
※JMは「Japan Morioka」の頭文字にちなむ。岩手県にある農林水産省果樹試験場リンゴ支場(現・国立研究開発法人農研機構果樹茶業研究部門リンゴ研究拠点)で育成され、品種登録された。
松井さんは意図を次のように話します。

「普通樹栽培と呼ばれる、従来の大きさのリンゴの木は、ベテラン生産者が何年もかけて剪定しながら木をつくっていきます。その技術は新就農者や若い生産者にとってはすぐには習得できない職人技なのですが、半わい化であれば、剪定も普通の木ほど難しくなく、根もわい化よりはしっかり張るので倒れにくくなる。JM2台木を使った半わい化栽培で、双方の良いとこどりができないかと考えたわけです」

[JM2の台木を使ったセンター内のぐんま名月。高さは4m、幅は8mほどと普通の木よりは低く、わい化よりは大きい。トレリスと呼ばれる支柱を建てる必要がなく、開園費用を抑えられる利点もある]
センターでは半わい化栽培に適した樹形を比較検討した結果、最も適した枝の本数を確定し、2025年に普及指導員向け資料としてまとめました。果樹は一度植えると長期に渡って収穫を続けるため、植え替えのタイミングはすぐには訪れませんが、今後、生産者がJM2の台木を導入した際の指針となります。
温暖化に強い品種を開発
さらに、センターでは気候変動に対応できる新品種の開発も進めてきました。
群馬県はリンゴの育種においては全国有数の先進県で、これまでに8つのオリジナル品種を育成してきた実績があります。中でも温暖化への適応性が高いのは、ぐんま名月、おぜの紅、紅鶴(*2)です。
*2 品種登録年はそれぞれ、ぐんま名月が1991年、おぜの紅が2009年、紅鶴が2016年。

[センター事務所にある県開発品種の紹介パネル]
登録から35年近く経つ黄色い肌のぐんま名月は、ここ10年ほどで全国的にも知名度が上がった人気品種。蜜が入り糖度が高く、味が良いことはもちろんですが、生産者がつくりやすいことも大きな理由です。

[センターにはぐんま名月の原木がある]
気候変動の影響で着色不良が深刻になる中、黄色いリンゴはブドウでいうシャインマスカットのように、赤いリンゴほど色づきを気にしなくてよい品種。赤いリンゴは収穫が近づくと、実がまんべんなく色づくよう、日を遮る葉をつみとる作業がありますが、黄色いリンゴはその作業も不要になります。
ここ数年、長時間の作業は命に危険が及ぶ可能性も高まっていますから、省力化は生産者の熱中症リスクに備えるためにも有効な策と言えます。

[2016年に登録された最も新しい品種「紅鶴」。県オリジナルの「陽光」と青森のリンゴ「さんさ」をかけ合わせて生まれた。収穫時期は10月上中旬(写真提供・中山間地園芸研究センター)]
一方、暑くても赤くなる特性を持った品種も育成されました。「おぜの紅(くれない)」と「紅鶴(べにづる)」です。この二つの品種は暑さに強く、同時期に収穫となる他のリンゴ品種と比較しても色づきが良い特性があります。

[おぜの紅。収穫期は8月下旬から9月上旬とまだ暑い時期だが、着色良好な有望品種(写真提供・中山間地園芸研究センター)]
紅鶴は開発に25年を要しました。育種の難しさは、その数十年間に生産者のニーズも、市場の好みもどんどん変化していくところです。
「育種は良質なリンゴ同士を掛け合わせ、500〜1000近く種をまいて、良いものを選抜していきます。紅鶴は他の県育成リンゴ品種と収穫期が被らない、新たなオリジナル品種を目標に育成されました。選抜してくる中で気温上昇の影響が大きくなり、食味が良く、暑い中でも着色する品種ということで、最終的に紅鶴が選ばれました」と松井さんは経緯を説明します。

[「現在行っている新品種育成試験の中で、最も新しい交配は2016年に行ったものです。今回は最初から気候変動への適応をイメージして、暑くても着色良好で、蜜入りの良い品種を目指して育成しています」]
食味はもちろんですが、生産者の課題解決と生産効率は、開発の方向性を決めるキーポイントとなります。「いくら味が良くても生産しにくいと、結局生産者から敬遠され、それこそ幻のリンゴになってしまいます」と松井さん。
場内では品種開発のほか、高温被害対策として日焼けを防ぐ遮光布を被せる試験なども行われていました。果実全体にしっかり被せるネット型、マントのように上からかけるものなど、コストや手間、効果の面から、様々なタイプのものが試されていました。

日よけ資材。収穫の少し前には外さないと色づきが落ちることから、被せたり、外したりの手間やコストが課題(写真提供・中山間地園芸研究センター)
産地を守るためにできること
農水省は温暖化の進行に伴ってリンゴの栽培適地は北上を続けるだろうと予測しています。今後は栽培品目そのものを変える産地も出てくることが予測されますが、群馬県としては「産地を守る」ことを主眼に適応策に取り組んでいます。
「やはり優先軸は気候変動に適応した品種の開発。そして今後も気候変動の動向を注視しつつ対応策を検討し、生産者に情報提供していきます」と松井さん。

消費者にもできることはあります。真っ赤なリンゴと、少し青みが残ったリンゴが並んでいたら、真っ赤なリンゴを選びたくなる心情はありますが、家で食べるリンゴは多少色づきが悪いものを買うなどの購買行動は、大いに生産者の助けになるそうです。
例えば、「葉とらずリンゴ」というリンゴを売り場で見たことはありますか? 生産者にとっては作業工程が一つ減るリンゴです。見た目は少々赤みが足りないかもしれませんが、光合成を行い、糖をつくるのは葉なので、葉とらずリンゴの方が実は糖度が高く、甘みがのっていることもあります。消費者も気候変動の影響を理解して生産者を支援することはできます。
このストーリーのeco keyword 【温暖化適応】
温暖化への適応は国、地方自治体、企業、国民が一体となって取り組む必要性があることから2018年、気候変動適応法が施行された。気候変動の影響は被害の内容も程度も地域によって異なるため、同法では各地域での適応強化を定めている。群馬県は2021年、農林水産分野を始め、関係機関と連携しながら県内の気候変動の影響・適応に関する情報収集や発信、アドバイスなどを行う群馬県温暖化適応センターを設置した。