小さな選択が、世界を変える力になる。
群馬で生まれるサーキュラーエコノミーやネイチャーポジティブの取り組みは、その証です。
自然と共生し、地域を守る人々の物語を、ぜひご覧ください。

生物多様性とは、地球上の多様な生きものの豊かな個性とつながりのこと。開発や乱獲、里地里山の管理不足、外来種の侵入、気候変動などによって脅かされている生物多様性を回復させる取り組みが国際的に本格化する中、県内企業の取り組み事例として、群馬県の環境教育等における体験の機会の場に認定されている藤岡市のチノー ビオトープ フォレストを紹介します。珍しい花木などを展示する観光植物園とは異なり、地域にもともとあった自然環境を復元するビオトープは、生態系のバランスの重要性について学べる場所です。
事業所の隣に里山を復元
ビオトープはドイツ語で、生きものの生息空間のこと。ビオトープと聞くと、日本では教育施設や公共空間につくった小さな人工池や睡蓮池を思い浮かべる人が多いと思いますが、もっと広大な敷地に森林や草地、湿地、水辺、ため池など多彩な自然環境を復元した大型ビオトープも日本各地にみられます。
県内の一例が、産業用の温度測定・制御・監視に関する製品やサービスを提供する株式会社チノー(本社・東京)藤岡事業所が敷地内に整備した約1万1000㎡のビオトープです。

[チノー ビオトープ フォレスト]

[チノー藤岡事業所。水素利用に関する評価試験装置などの計装システムをつくる工場がある]
藤岡事業所がある場所は利根川水系の烏川や鏑川に囲まれた水郷地区ですが、現在はすぐ近くをJR高崎線や国道17号線が走り、交通網も発達しています。チノーは地域貢献の一環として、かつてこの辺りにあった里山風景を再現しようとビオトーププロジェクトを開始。2007年に事業所に隣接する水田跡地を買い取り、2年かけて整備を行いました。

[チノー ビオトープ フォレスト北口。一般来場者は毎週火曜の開放日にこちらから入場できる]
整備に当たっては、山野生の在来種を慎重に調べた上で高崎市の観音山丘陵で伐採予定だったクヌギやコナラなどを譲り受け、下草や土ごと70種ほどの植物を植栽していきました。土ごと移植することで、土壌に含まれる微生物や草の種など生態系も一緒に移植でき、里山環境の復元が早まる効果があるそうです。
また、事業所周辺がもともと川に囲まれた水郷地区であったことから、ビオトープ内にも地下水をくみ上げてかんがい池をつくり、水路を整備しました。池には保存しておいた水田跡地の土を入れ、元の環境要素も残しています。

[チノー ビオトープ フォレストの全体像とその特徴を記した入口の看板]
多様な生きものを呼び込む工夫

木の丈が小さいうちは草が伸び放題で管理が大変だったそうですが、それから15年ほどでクヌギやコナラはぐんぐん成長し、今では立派な森の様相を呈しています。

[茂田さん]
ビオトープ内には、説明を聞きながら30分ほどで周回できる散策路が設けてあります。担当する総務課の茂田さんに案内してもらいました。
2024年度の来場者は1017人。近隣の住民や小学生、環境保全に関心を寄せる大学生や研究者、県内外の見学希望者まで、さまざまな人がここを訪れますが、「こんな場所があることを知らなかった!」と驚く人も少なくないそうです。
鳥の声や風にそよぐ葉ずれの音に耳を傾けながら木のチップが敷かれた散策路を歩くと、健やかな気分になります。生態系サービスは私たちの命や暮らしを支えてくれるばかりでなく、精神的な安らぎなども与えてくれます。

[取材に訪れたのは10月中旬。ようやく暑さが和らいだ頃でした]
「地形の起伏も意図的につくっています。高めのところは土壌が乾きやすく、低めのところは雨が流れて乾きにくい場所になっています」と茂田さん。多様な生物がすみやすい環境になるよう全体がデザインされています。
森の中には、石や落ち葉、枝などを集めた気になるスポットが所々に。里山の環境を好む虫や動物たちを呼び込む工夫だそうです。

[左上から写真時計回りに]
①石を積み上げてつくったエコスタック。すき間に暗がりや涼しい場所を好む虫などがすみつく
②枝や竹筒などを積み重ねてつくったバグハウス。穴やすき間が虫などの隠れ場所や産卵場所に。
企画から製作までチノー社員有志が行った
③落ち葉をたくさん入れた伐採木のエコスタックの中では、カブトムシの幼虫などが冬を越す
④池から顔をのぞかせるカエル

[中央にあるトンボ池では、藤岡市の天然記念物ヤリタナゴや、群馬大学が保全に取り組む準絶滅危惧種のアサザ(群馬県では絶滅危惧ⅠA類)を預かり、保全している。夏はアサザの黄色い花が池一面を彩る。カルガモの親子もやってくるそう]

[秋の七草フジバカマも自生に適した環境が減り、準絶滅危惧種(群馬県では絶滅危惧ⅠA類)に。フジバカマに誘われて渡りをするチョウ、アサギマダラがやってきたことから、チノーでは種を採取して花壇づくりを進めている]
在来種と外来種を見分ける
ビオトープを担当する社員は現在総務課の村田さん、茂田さん、萩原さん、筅さんの4人ですが、大型ビオトープを守り、活かすためには、多くの人の協力が必要です。ビオトープを守る面では、チノーは群馬大学の石川真一教授の協力を得て、月一度のペースで植物相調査を行い、経過観察を続けてきました。

[木の様子などをチェックして回る環境担当の筅さん]
ビオトープは人の手をかけすぎず、ちょうど子育てに似たような距離感で、生態系のバランスを尊重して成長を見守っていきます。そのような管理手法を「育成管理」と呼ぶそうです。繁殖力の強い外来種の出現や水質の悪化など、生態系のバランスを脅かす予兆を確認した際に対処するといった感じです。
とりわけ注意深く調査しているのは、在来希少種の生育状況です。例えば、準絶滅危惧種のコギシギシ、カワヂシャ、ミゾコウジュなどが確認されています。

[準絶滅危惧種のコギシギシ(写真提供・チノー)]
ビオトープ内には解説パネルが設置されていますが、名前からその姿を想像できる人は少ないかもしれません。茂田さんは生物多様性を維持するためにも、こうした守るべき草花の姿と名前を覚えることを意識していると言います。
「自生する絶滅危惧種を大切に扱うことは、育成管理していく上でいつも心がけています。在来種と外来種の区別がつかなければ、草刈りの時に一緒に刈り払ってしまいますよね。植物や生きものの名前を知ることは、生物多様性の維持につながるすごく大切なことだと思います」

[水路には2015年、工事予定地から緊急避難させた水草、ササバモ(県絶滅危惧種Ⅱ類)がゆらゆらと生息している]
森が豊かになるにつれ、ビオトープはチノーの環境対策のシンボルとして社員にも広く親しまれるようになっています。10年の節目に行った池の浚渫(しゅんせつ)工事(水底の泥や土砂を取り除く作業)や増えすぎたミナミヌマエビの駆除など、大掛かりな作業は社員有志で力を合わせて行いました。子どもたちにも親しまれている「℃(ど)んぐりん」も、社員の発案で生まれたビオトープのオリジナルキャラクターです。
これまで数々の環境表彰や認定を受け、評価されてきたチノーのビオトープは2025年4月より施行された地域生物多様性増進法に基づき「自然共生サイト」の認定を受けました。
自然共生サイトは、国立公園など法による保護地域以外の生物多様性保全区域(OECM)として国際データベースに登録され、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として保全することを目指す国際目標「30 by 30(サーティ・バイ・サーティ)」の達成に貢献します。
生物多様性の価値を伝える
群馬大学と定期的なモニタリングを続ける一方、活かす面では環境学習の場、憩いの場、交流の場としてビオトープを地域住民や子どもたちに開放してきました。
JR線沿いのソメイヨシノが満開になる頃、近隣の人たちが花見に集まることから始まった桜まつりは、今ではスプリングフェスタと名称を変え、地域のキッチンカーが集まる恒例行事に。2025年も600人ほどが来場しました。春は散歩がてらビオトープを歩く地域の人たちが増える時期です。
また、徒歩圏にある藤岡市立小野小学校とは、1年生から4年生を対象にした課外授業が恒例になっています。ビオトープを訪れた子どもたちは五感を使った遊び「ネイチャーゲーム」を楽しみます。
ゲームはチノーが高崎経済大学と共同開発したもので、ビオトープに生息する虫や草花を探して見つけ、驚いたり、感動したりしながら身近な生態系に親しみます。環境を感性でとらえる年頃の子どもたちにとって、「とてもいい経験になる」と学校の先生たちにも好評だそうです。

[「職業体験で来た生徒たちが、小学生の時の環境学習の思い出を話してくれることがあって、みんなの記憶にビオトープが残っていることがうれしいです」と茂田さん。左は計画段階からビオトープを担当してきた村田さん]
2018年には環境学習の拠点となる環境学習館も完成。最近では、精度の高いチノーの赤外線放射温度計でビオトープ内のさまざまな場所の温度を測る新しいプログラムも子どもたちに人気です。例えば、日ざらしのコンクリート面と、森の中の草地の温度の落差からは、木陰がいかに暑さを和らげてくれるかを実感できますし、虫の生息場所に温度が関係していることに気づく子もいます。

生物多様性やネイチャーポジティブは言葉で伝えることが難しい概念ですが、もともと地域にあった自然を復元した大型ビオトープの存在は、身近な生物多様性の豊かさや絶滅の危機にあると気づかなかった生きものや草花を知るきっかけを与えてくれます。
特に子どもの頃の里山体験は、身近な虫や草花を不思議だなと思う気持ちなどが記憶に残り、温暖化による環境の変化に気づく眼差しも育ちます。ビオトープでの環境学習や地域交流を通して、その価値を体験して理解する人たちを増やしていくことは、豊かな地域づくりにもつながっていくはずです。
チノー ビオトープ フォレスト
住所:〒375-8505 藤岡市森1
一般開放日:火曜(北口から自由に入場できます)、団体見学希望は火曜以外も対応可。
問い合わせ先:株式会社チノー
電 話:0274-42-2111
メール:chino-biotope@chino.co.jp
このストーリーのeco keyword:【ネイチャーポジティブ】
2022年の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で合意された世界目標。2030年までに生物多様性の損失を食い止め、生態系が豊かになるような経済活動に切り替えて自然をマイナスからプラスに再興させることをいう。群馬県も豊かな自然資本を生かしながら、ネイチャーポジティブに取り組む企業が集積し、生物多様性も保全されていく、ネイチャーポジティブ経営企業の聖地となることを目指して、「ぐんまネイチャーポジティブ宣言」を行っている。